「日本書紀」によれば、神武天皇が高尾張邑たかおわりむらに来たとき、土蜘蛛つちぐも(土着の民)と戦いになり、皇軍は葛の綱を結い退治したので、改めてその邑むらを葛城かつらぎと名づけたと記されています。
古代から、葛城と称されたその地域は、大和六県あがたの一つと伝えられ、大和高田市、御所市、香芝市、葛城市及び北葛城郡の広範囲な地域でした。またその昔、金剛こんごう、葛城山麓一帯は、鬱蒼うっそうとした森が広がりその森は神々が鎮座する森厳な森として人々に慈しまれていました。
鴨かもと称されたその地域は、南は金剛山麓に鎮座する高鴨神社たかがもじんじゃから、北は葛城山麓・鴨山口神社かもやまぐちじんじゃ、東は鴨都波八重事代主神社かもつばやえことしろぬしじんじゃに及ぶ、金剛・葛城山麓一帯の呼称でした。このようなことから、葛城の鴨神奈備かものかんなびと称された。
葛城の郷
〒639-2264 奈良県御所市大字五百家333
☎0745-66-2641
駐車台数220台
近鉄御所駅より路線バスをご利用ください。かもきみの湯下車。
船宿寺は、ヤマツツジの群生地として有名な葛城山を真近に仰ぎ見られる位置に建つ真言宗の名刹。見ごろは5月初旬です。
名柄は南北に走る名柄街道と東西の水越街道の交差点として開けたため、現在も古い民家が残っています。596~1615年に建てられたと推定されています。
国見神社では瓊瓊杵尊が主祭神です。天照大神の命により天孫降臨をした神であり、神武天皇の曾祖父でもあります。
九品寺を開いたのは奈良時代の僧、行基です。九品寺はサンスクリット語で、その意味は布教でいう上品・中品・下品で、人間の品格を表現しています。